IMAIKE DOME 3DAYS「破滅に向かって」LIVE AFTERWORD / U-KI

遡ること、2年前。

40年目の夜の翌日、膨大な機材を片付けながら、私はすでに2年後に控えたハックの45周年に何をやるか、そして迫り来る記念すべき10回目のライブをどんなものにするのかを考えていました。

エックスと言えば……2DAYSか……

土日の二日間。
本当の2DAYS。

40年目の夜が7回目のライブだったので、それまでになんとか8回目のライブを1本挟めば、9回目と10回目を2DAYSにできるぞ。
しかも両日セットリストを変えれば、今まで手が出せなかった曲にもチャレンジできるかも……

しかし、度重なるミーティング(と言っても数回)の末、現実的に土日の二日間をX IMAIKEのために空けるのは難しいという結論に至りました。
やむなく断念して別の案を模索しようとしたところで、PARISが一言。


「それって、アイドルみたいに1日2回公演とかじゃだめなんですか?」


目から鱗でした。


その言葉をトリガーにして、私の中の「悪ノリモード」が完全に覚醒し、「1日、3回公演。」案が飛び出しました。

1日で3公演。つまり、3DAYS。

これなら8回目を消化する必要もなく、1日で8回目、9回目、10回目のライブを一気に開催できる。
我々の原点とも言える2008年のX JAPAN復活3DAYSと同じように、Art of Lifeを前半・後半に分けて初日と最終日に演奏できる。
そしてタイトルはもちろん、

「破滅に向かって」

完璧なアイデアだと……
いっぱいライブやれてお得だと……

具体的なスケジュールを押さえたのが、今からちょうど1年前だったと記憶しています。

1年、早かったな……

セットリストは主に私とEIJIで考えました。
X IMAIKEのテンプレートとも言える「前半/ソロ/後半」という3部構成を守りつつ、各公演にテーマを設け、ボリュームが偏りすぎないようにする。

セットリストを考えている頃が一番楽しい。
なぜなら、まだ大変じゃないから。

Jealousyのバンドスコアの帯に書かれていたメッセージを、今回のテーマとしてフライヤー等に一番大きく掲げています。
津田さんのYouTubeへの出演をきっかけに、全国にたくさんのご当地エックスがいることを知りました。
そんな中で、「自称ご当地エックスのパイオニア」を名乗る我々からの挑戦状として掲げた言葉……

「演れるもんなら、やってみろ!!」

そんな思いを込めたつもりでしたが、ただただ自分たちの首を絞めただけでした。


生意気言ってごめんなさい。


17年ぶりの曲、18年ぶりの曲、初めて演奏する曲……
3公演での重複曲やカラオケ曲も含めれば、全25曲
5月2日の3DAYS告知後、ほどなくしてスタジオリハーサルが始まりました。
しかし、細かい部分を詰めながら進めていると、一度のリハーサルでは全曲に手をつけられないことが発覚。

焦り始めたのもこの頃でした。

ギタリストとしては、過去の曲を思い出す作業、覚え直す作業、そして新たに覚える作業。
苦手なフレーズを克服するための反復練習に、オリジナルのサウンドへより近づけるための機材のブラッシュアップ。
そして同期音源のバージョンアップとホログラムシステムのリニューアル、さらには手作りプロンプターの製作まで……

その中でも一番大変だったのは、やはり同期音源のバージョンアップでした。

毎度毎度、前回のデータがあるから大丈夫だと軽い気持ちで始めるのですが、そもそも曲によってはデータが古すぎて開けない。
改めて聴くと全然違う。
そして「今ならもっとクオリティを上げられる」という根拠のない自信が、自らハードルを上げてしまいます。

私はキーボードが弾けませんし、楽譜も読めません。
耳コピしながらMacのトラックパッドでポチポチ打ち込むのみです。

途方もない時間がかかります。

早朝、深夜、寝る時間を削っての作業。
しかし、同期音源の制作に時間をかければかけるほど、肝心のギターの練習時間が削られていくというジレンマに陥ります。


わたしはあきらめない


YOSHIKIの著書のタイトルです。
今回もまた、この言葉に奮い立たされました。

DAY-3で披露したArt of LifeのPiano Solo(2nd movement)も、すべて打ち込みによるもの。
今回が初挑戦なので、当然ながらゼロからの制作です。
さすがにオリジナルよりはショートカットしましたが、それでもかなりの長尺。
バッキングトラックの上で繰り広げられる、完全なインプロ(即興演奏)。
もちろんあのパートの楽譜などありません(あっても読めないけど)。
バッキングトラックを目安に細かく区切って、ひたすら聴いて耳コピ。

あのパートを打ち込みで再現しようとする奴なんていないよ……

もはや執念であり、狂気。
そこまでやるか?と言われるレベルでしょう。

それでも、まだまだ「完全再現」なんてものには到底及ばない……
道のりは長いなと、改めて痛感させられました。
とはいえ、今回の制作を通して、打ち込みのスキルはまた一段とレベルアップしたと自負しています。


実はライブ直前の10月2日、hide with Spread Beaverの28年ぶりとなる名古屋公演を観に行きました。
このタイミングでそんな時間を捻出できるのか心配でしたが、結果的には行って正解。
スクリーンに映し出される100%のhide。
やはりDVDからは伝わらない生きた音。
当時、リアルタイムで体現できなかった「本物」を全身に浴びて、HP回復。

2日後に、恐縮ながら貴方の役をやります。

そんな想いを伝えるために、私にとって必要な時間だったのだと思います。

そして迎えた当日、リハ開始はAM10:00。
前日の夜に機材搬入と大まかなセッティングは済ませていたので、メンバー・スタッフ全員でブリーフィングを行い、すぐに音出し。

勝手知ったるIMAIKE DOME(HUCKFINN)。

細かな注文を出すこともほとんどなく、過去最短でリハーサルは終了。
メイクや残りの準備もテキパキこなし、わずか数分押しで開演。
過去に、演出でもないのに1時間以上押したことを考えると、それ自体ももはや奇跡だったと思います(次の公演があるから押せなかっただけ)。

実は今回、事前にセットリストを公開していました。
全3公演の内容の違いを明確に伝えたかったこと、そしてX IMAIKEのライブに足を運んでくれるお客様の中には、X JAPANのことをあまり知らない方も多いことから、ほとんどの曲を事前に公開しました。

これは面白い試みだったと思いますが、直前にセットリストの変更を余儀なくされるトラブルがあったり、なんなら当日のステージ上で曲順が変更になる場面までありました。

予定調和では終わらない、ライブは生き物です。

とはいえ、事前に公開したセットリストを楽しみにしてくださっていた方には、申し訳なかったと思っています。


X IMAIKEも、結成から18年を迎えました。
あくまでメンバーそれぞれにパーマネントなバンドやその他の活動があり、その上でのサイドプロジェクトという立ち位置です。
定期的にライブがあるわけでもなく、まったく連絡も取っていない時期もありました(別に仲違いしていたわけではないですが)。

X IMAIKEとしては珍しく、今回は前回からわずか2年でのライブでした。
前回のライブ、最後のMCで私の口から、

「2年後の45周年は恐らくやるでしょう……」

そんな曖昧な言い方ではありましたが、初めて次のライブについて具体的に触れました。
前回のライブから今回の準備が始まるまで、スタジオリハーサルこそしていませんでしたが、ゆる〜くバンドは機能していました。
これはバンド史上初めてだったかもしれません。

そんな経緯もあったのかもしれませんが、今回の3公演中に、何度も「バンド」を感じる瞬間がありました。

あくまで演奏しているのはコピー曲であり、活動としてもサイドプロジェクト。
これまでのX IMAIKEをイメージで伝えるなら「セッション」に近かったのかもしれません。

それが18年を経て、遂に「バンド」になった。
急なセットリストの変更だって、バンドだから乗り越えられた。

そう感じています。

かけがえのない6人のメンバー。
そもそも6人って……
そう思われることも多いでしょう。

メンバーそれぞれに明確な役割があり、外からは理解できない絶妙なバランスと絆で成立しているのがX IMAIKEです。

3公演を通して、PARISが印象的な言葉を残しました。


いつまでも動かないX JAPAN。
リリースされないアルバム。
そして、二度と戻らないメンバー。
長年のファンが抱え続けてきた思い。

「なんせ本家は動いてねぇからな。
Xに対する鬱憤、もはや鬱憤と言っていいだろう。
俺らにぶつけてみろよ。
あの時のXを、俺たちが見せてやるからな」

あの時のX。

それがX IMAIKEの存在意義なのかもしれません。
そんな言葉を聞きながら……


うっかり泣きました。


さて
気づけば18年。
ということは、あと2年で……


今はまだ、何も言えない……


P.S.
今回、初めてウィッグではなく地毛をピンクに染めました。
50手前のおじさんになった私には似合うはずもなく、痛々しいのは重々承知の上で、この先数年、ピンク頭を続けようと思います。

これが18年間、X IMAIKEのHIDE役を名乗ってきた者の覚悟です。

LOVE
U-KI